自己開発の出来ない条件
私たちは人生を歩みながら、毎日環境に適応をしていかなければなりません。現代社会は特に変化が激しいですから、その必要性は高まります。適応すると言うことは、自分を環境の必要性に応じて、変えていくと言うことです。でも、自分を変えていくと言っても、決して簡単なことではありません。そこで、なぜ自分を変えていくのが困難であるか、その理由を考えてみることにしました。ここでは、自分が必要に応じて、変わっていく、又は成長していく「妨げになる信念」をいくつか探ってみました。
まず、自分が変わらない理由の一つは、「性格を変えることは無理だ」と信じることです。すなわち、性格というものは、変わらないものだと思いこむことです。もし、人は変わらないと信じるならば、勿論、努力をしませんから変わりません。その逆を言うこともできます。つまり、人は変わるものだと信じるならば、それなりの努力をしますから、変わることが出来ます。と言うことは、人は見方によって、変わったり変わらなかったりするのです。
これは一体どういうことなのでしょう。もし、性格全体に焦点を置きますと、その人の変化を見るには、大分時間がかかります。性格の変化を確認するには、何ヶ月や何年もの時間が必要でしょう。すると、一般的には短時間で人を判断しがちですから、人は滅多に変わらないと言う結論になります。
でも、性格というものは、実は沢山の部分から成り立っているのです。例えば、一人でいるときの性格、他の人といるときの性格、恋人といるときの性格、仕事をしているときの性格、等々、色々な部分が、状況に応じて、出てくるわけです。そして、仕事をしているときの性格を取ったにしても、色々な部分から成り立っています。元気で仕事をしているときと、フラストが貯まったときの性格は違います。また仕事の種類によっても、性格の出方が違います。
もし、性格全体に焦点を置かないで、性格のある限られた一部に焦点を置くならば、その部分は比較的簡単に変わるものであることに気が付くでしょう。例をあげて見ましょう。例えば、挨拶の仕方を変更しようとするときです。「もっと明るく挨拶をしよう」としましょう。態度、話し方、体のジェスチャー等を少し変えることで、ずいぶん違った性格の印象が伝わってきます。これなら数時間から数日の練習で、他の人が感じ取る性格を変えることができるでしょう。この調子で、少しずつ色々な部分を変えていきますと、一部一部は比較的簡単に変わりますから、暫くすると、性格が変わったと言う結論になるのです。
繰り返しになりますが、性格は変わると思えば変わりますし、変わらないと思えば、変わりません。でも、努力をすれば変わり得るんだ、と信じることで、実際に自分の適応性を増すことが出来ます。その方が、自分にとってよいでしょう。
次に、性格の様々な部分においても、変わりやすい部分と、変わりにくい部分とがあります。性格が変わらないと言う確信は、変わりにくい部分を見て、そう信じることが多いようです。例えば、人の性格は大ざっぱに分けて、内向性の人と、外向性の人とがあります。内向性の人は、一人でいることが多いです。そして、自分の思考の世界や空想の世界にいるのが楽しいのです。一方、外向性の人は、他の人といるのが好きです。他の人とのやり取りを楽しむのです。そして、内向性の人が、外向性になるのは大変難しいです。外向性の人が、内向性になるのも難しいです。
もっと難しい例では、ホモセクシュアルの人がストレートになるのは不可能に違いですし、またその逆をするのも、大変難しいでしょう。このように、性格の変化するのが特に難しい部分に焦点を置くと、人は変わらないと言う結論に達します。
では、その逆に、簡単に変わる性格の部分はあるのでしょうか。勿論あります。一つの例は、自尊心というものです。自尊心とは、自分を人として尊敬できる気持ちです。自分を受け入れられるかどうか、自分を尊い人間として捉えられるかどうかは、その人の行動に大きく影響をしていきます。自尊心があれば、自分が内向的であろうが、外向的であろうが、他の人に自分の気持ちをはっきり伝えることが出来るでしょう。自尊心のない人は、人前では、自分から退いてしまうでしょう。このように自尊心は、性格の一部として、その人の生活に大きな影響を及ぼしますが、これ自体、比較的変化しやすいものです。自尊心の変化を観察しますと、一日の間でも、それが色々な出来事によって、上がり下がりするのが解ります。サイコセラピーをしていても、相談者の自尊心が、セラピストの介入によって、上がり下がりするのが解ります。
もう一つの例は、Assertiveness です。日本語の自己主張とか意志表現に当たると思います。人とのやり取りで、自分の意志をはっきり表すことです。アメリカでは特に、自分の意志表現が大切です。自分の気持ちを伝えないと、誰も解ってくれません。日本人の間では、昔から以心伝心と言いまして、何も言わなくとも、相手がこちらの気持ちを察してくれることが多いです。でも、アメリカではそれに頼っていたら、取り残されてしまうでしょう。色々な文化背景から来た人々で成り立っているアメリカ社会では、自分の意見や立場を伝えることが、大変重要なことになっています。その言動を
Assertiveness と言うのです。
この意志表示を上手くするトレーニングがあります。それを
Assertiveness Trainingと言って、サイコセラピーの一部として使われるのは勿論、対人関係が大切な分野では、トレーニングがよく行われています。この Assertiveness と言うものが、結構簡単に習得でき、性格が見違えるほど変わることがあります。意志表現をはっきりしている人が、ほんの数週間前までは、自分の気持ちを全然出せなかった、臆病者だったとは、誰も気が付かないでしょう。
これからも解るように、性格の中には、変わりやすい部分と、変わりにくい部分とがあります。性格が変わらないと判断した人は、変わりにくい部分を見てそう思ったのでしょう。でも、サイコセラピストの立場から見れば、性格の変わりやすい部分に焦点を置いて、それに働きかけ、その人の変化が、よりよい適応性に至っていくことは、珍しくもない事実なのです。
高いゴールと早いあきらめの問題---性格が変わらないと言う信念の裏には、高すぎるゴールを設定したために、それに到達するのが極めて困難で、それに打ちのめされて、性格の不変を信じてしまうと言うことがあります。前に述べた自尊心や意志表示をかえるにしても、何が起こっても自分の自尊心は変わらないようにだとか、誰に立ち向かっても、どんな状態でも自分は意志表示するのだ、などというゴールを得ようとするのであれば、必ずと言ってよいほど、失敗に終わるでしょう。不変な自尊心だとか、確実な意志表示などは現実的ではありません。それよりも、自分の適度な自尊心を、一週間に5日ほどは感じたい、と言うならば、努力をすることによって可能でしょう。また、日常知り合っている友達、仕事場の同僚、また、身近な人達に、自分の意見や気持ちを70%位は、伝えるようにしようと思うならば、努力をすることによって、可能になるでしょう。
このように、出来る範囲内でのゴールの設定が望まれるわけです。先ずはゴールを身近なところに置いて歩みだしてみましょう。数日から1、2週間で出来るゴールが適当です。そして、ゴールに到達したときに、まだ満足がいかないようであれば、その5%向こうにゴールを再設定して、また努力をしてみてください。そうしているうちに、振り返れば自分の進歩がはっきり見えてきます。
次に、あきらめが肝心とは言うものの、少しの努力でゴールを達成できないので、直ぐ諦めてしまうのでは、自分の成長が望めません。現実的なゴールを設定したならば、それに向かってある程度の努力をする必要があります。大脳の前方の部分に前頭葉と呼ばれる部分があります。前頭葉はある行動を命令し、それが行われた時に、結果が前もって望んでいたゴールと相違があるかを測ります。相違があるときには、行動の命令を修正し、また新しい行動を試してみます。このようにして、少しずつ結果がゴールと一致するまで、試し続けるのです。ですから自分を改善するために、新しい行動を試すときには、ある程度の繰り返しが、必要になります。結果がゴールとマッチしないうちに諦めてしまうことは、自分に新しいことを習得するチャンスを、与えていないことになるのです。
一つ例をあげてみましょう。もし、あなたが親しい人といるときに、気が付いたらその人に文句を言ってみたり、怒りをぶつけていたりしてしまう、としましょう。ちょくちょく喧嘩になってしまうので、自ら問題であると思い、何とかしようと思いました。とりあえず、文句らしい言葉が出始めたら、それを止めて、もっとフレンドリーな話しに切り替えようと思ったのです。ある日、相手と話しているとき、気が付いたら、お互いに怒っていました。後に自分に対してがっかりし、自分ではこんなこともできないのかと、自己嫌悪になりました。
するとあなたのカウンセラーは、あなたが文句を言い出してから、止めようとするのは遅すぎるので、自分の思考や感情に目を向けるようにアドバイスしました。そして、怒りの感情が起こり次第、まだ、言動に移る前に、自己制御を始めるようにと教えたのです。再び、相手と向き合って、努力を続けました。今度は、自分の怒りが盛り上がってくるのがつかめました。でも、相手に怒りをぶつけるのを止めることは出来ません。自分ではしてはいけないと知りながら、衝動を抑えることが出来ませんでした。
カウンセラーは、感情が盛り上がってくるのを確認できたのは、非常によいことであるが、それでは、怒りを止めるのには遅すぎるので、怒りが盛り上がる前に、怒りの出始めの瞬間を捉えるようにとアドバイスしました。そうすると、怒りはまだ小さいので、それを制御できるでしょう、と言いました。あなたはまた努力と続け、今度は相手の前で、自分の感情の現れる瞬間をつかめるようになりました。その瞬間に、自分のコントロールを始めることによって、相手に対する怒りの表現を避けることが出来るようになりました。これからも解るように、ゴールを設定したからと言って、ただ盲目な努力をしても駄目だと言うわけです。一度試してみて、結果がよくなかったら、行動を修正して、また試してみなければなりません。あきらめずに、行動-修正をし続けて、やっとゴールに到達するわけです。
最後にもう一つ、自分の改善を妨げる信条を述べましょう。それは、自分が変わったにもかかわらず、それを認めないことです。他人が客観的に見ると、明らかに変わっているのに、自分ではそれを認めないのです。いったいこれはどうして起こるのでしょう?
一般的に高いゴールを設定する人は、自分が少しくらい変わっても、余り意味がないと思えるので、自分の変化を認めたがらないようです。また、人によっては、自分が変わったにもかかわらず、その結果として、自分に予期していた気持ちの変化が起こらなかったために、変わったことを認めないときがあります。自分が変わることによって、幸せになると思っていたのに、結果としては、対人関係がよくなっただけで、かえって忙しくなってしまった。その上、色々な挑戦が目の前に見えてきて、不安が増えた、などということがあるかもしれません。このようなときに、ゴールに達成したとは言いずらいかもしれません。すなわち、自分が変わるのは難しいという結論にたどり着くのです。
サイコセラピーのテクニックの一つに、Successive
approximation と言うのがあります。これは、ある自分の変化を達成したいときに、ゴールのほんの一部を出来ただけで、それを認め、自賛します。次に、またほんの少しゴールに近寄っただけで、それを認め自賛します。このようにして、次から次へと、わずかな変化を積み重ね、遂にゴールへ達するわけです。この原理では、ゴールに達したことによって、自分の変化を認めるのではなく、その10分に1でも、20分の1でも、変化を認めるのです。
一つ例を見てみましょう。ある女性が愛情表現が下手なので、大事な人間関係が駄目になってしまうと、悩んでいました。それで、カウンセラーの協力を得ながら、愛情表現を上手くするために、その部分的な言動を少しずつ変えていくことにしました。先ずカウンセラーは、彼女に相手と握手をちょくちょくすることをすすめました。握手でしたら、初対面の人ともすることがありますし、一般的な挨拶ですから、比較的簡単に出来ます。彼女が習うことは、よい機会をねらって、手を差し出すだけです。相手がそれに答えるのも、抵抗はありません。彼女は直ぐ握手をすることに慣れました。そこで、カウンセラーは、彼女の習得を認め、誉めました。彼女もそれにつられて、自賛をしたのです。
次に、カウンセラーは、彼女が握手をするときに、手のひらを幾分上向きにすることを教えました。相手は、彼女の手のひらの上に、自分の手を乗せるようになります。慣れるごとに、手のひらをもっと上向きにし、完全に上を向くようになりました。確かに、握手をするときの手は縦ですから、それに比べると、水平に置いた彼女の手に、相手の手が乗るようになると、親近感が出てきます。次のステップは、彼女の手のひらに乗せられた相手の手の上に、彼女の左手を乗せるか、又は、相手の手を少し握りしめてみたりすればよいのです。この先は長い話しになるかもしれませんが、少し少しの変化を認め、自賛をしながら、ゴールに向かっていくのです。
このように、少し少しの変化を認めることによって、大きな変化が可能になります。この事実を観察することによって、自分を変えることは可能であるという信念につながっていきます。
今までに述べてきた事柄をまとめてみましょう。先ず、性格は見方、捉え方によって変わったり変わらなかったりします。自分を変えることが出来ると思えば、変わりますし、そうでないと思えば変わりません。自分を変えることは可能であると思いましょう。次に、性格には、簡単に変わる面と、なかなか変わらない面があります。性格の変わる面に焦点を置くことが大切です。次に、現実的なゴールを設定しましょう。高望みは失敗のもとになります。そして、適当なゴールを設定したら、直ぐ諦めないで努力をしましょう。何回も繰り返しをして習わなければならないこともあります。最後に、ほんの少しでもよいから、自分に変化が起きたらそれを認め、自賛しましょう。このような方法を使って、自分を少しずつ改善し、人生の挑戦に対して、よい適応をしていくことが出来るようになります。