あなたの存在は私の中、それとも外?
先月の記事で次のように書きました。
「心理学には、投影と言う概念があって、それは、私たちの心で思っていることを、外の世界に見てしまうプロセスのことを指します。この投影が私たちの経験についての認識を外の世界にあるように経験させ、現実が出来上がってくるように思えます。心の中のものが現実になり、現実と思っていたことが、実は心の中のものだったと気が付きます。」
通常、私たちは、世界の中に存在する、と思っています。世界は私の頭や体より大きいですから、私は世界の中にいるのでしょう。しかしながら、上記のように、心の中の内容が投影と言う心理作用によって、心の外にあると経験しているのであれば、私が見る外の世界は実は自分の心の中にあるのではないでしょうか。
もしそうだとしたら、私があなたを見たとき、あなたは私の心の中に存在することになります。そして、私はあなたの心の中に存在します。よく考えてみれば、私の知っているあなたは、あなたについての情報と、あなたと経験したことの蓄積です。それは、あなたが知っている自分自身とはかなり違うものでしょう。あなたは私にとってユニークな存在で、それは誰とも分かち合うことができません。同じく、あなたの知っている私は、私自身が認識している私と違っていて、あなたが特有に作り上げた私です。それは、あなたの心に中だけに存在して、その場以外どこにもありません。
あなたは私の心の中にいます。そのあなたを含んだ私はあなたの心の中にいます。その私を含んだあなたはまた私の心の中です、と無限に広がっていきます。いったいこのような考えに何か利点はあるのでしょうか。
もし、あなたが私の心の外にいるとしたら、あなたは私から離れたところに存在します。あなたは私から独立したもので、私があなたを簡単に変えることはできません。変えるにはいろいろな動作が必要になります。あなたを説得したり、強制したり、裏操作したりいろいろです。それでも、あなたは変わったり、変わらなかったりです。それは私たちが通常経験していることだと思います。
でも、もしあなたが私の中に存在するのだとしたら、あなたは私の考えや気持ちで成り立っているもので、私の心の一部です。それを変えるのは、結構簡単に思えます。あなたは私の考えや気持ちを変えるだけで変わるので、私の自由自在です。私の想像の限界だけが、あなたを変える限界となります。そうすると、あなたは私のファンタジーそのものであると言っても言い過ぎではないでしょう。私があなたを良い人だと思えば、あなたは良い人ですし、悪い人だと思えば、あなたは悪い人になります。実は私の心の外に、私の知らないあなたたるものが存在するかもしれません。でも、私はそれを知ることができません。なぜなら、私は自分の心の中しか見えないからです。そして、私は心の中の良いあなたと接します。そうすると、あなたは私をそれなりに扱ってくれます。あなたが悪い人だと決めて接したら、あなたは私をそれなりに扱うでしょう。結局、私にとって良いと思えるあなたを想像し、あなたを心の中に作り出し、それと付き合っていくことがよさそうに思えます。
そうは言うものの、私もたまに間違って、心の中のあなたを投影し、私の心の外に見出してしまうことがあるかもしれません。そうすると、あなたは私から離れたところに存在し、私がどうこうできなくなります。でも、投影する前に、良いあなたを想像して作っておいたので、良かったと思います。