サイコロジストと保険会社
  アメリカでのサイコロジストによる精神障害の診療は、法的に認められています。(California Business and Professions Code, Section 2903) サイコロジストは独立した立場で、精神障害の診断と治療を行っているわけです。これに関しては、精神科医の診療する精神障害と全く同じです。両者とも精神障害の診療に携わっています。サイコロジストと精神科医の違う点は、サイコロジストが臨床心理学の知識と技術を使うのに対して、精神科医は精神医学を使います。これを簡単に訳しますと、サイコロジストはサイコセラピーをし、精神科医は薬を出す、といってよいかもしれません。両方とも法的に認められた活動であります。
  一般的に、カウンセラーのするサイコセラピーは、医学外(non-medical)のものであり、よって、カウンセラーは精神障害を診療しないと言う考えがあります。ですから、もし、精神障害が絡んだ状態の患者さんをカウンセラーが治療するときには、医師の指示が必要となります。その結果、カウンセラーが精神障害を治療し、保険会社がその治療サービスに対して保険金を支払うときには、治療が始まる前に、医師からの指示、もしくはリファーラルと言うものを必要とするときがあります。
 ところが、サイコロジストは精神障害を診療することを、知識とトレーニングに基づいて、法的に認められていますので、医師からのリファーラルは、必要としません。(California Health and Safety Code, Section 1373(h)(2))  この基準は、現在アメリカ全国で適用されていまして、サイコロジストが精神障害の治療にあたった時には、それに対して医師からのリファーラルなしで、保険金が支払われています。また、この基準は、海外旅行傷害保険のように、たとえ保険契約がカリフォルニアで行われていない場合でも、適用されることになっています。(California Health and Safety Code, Section 1373.8)
 でも、不思議なことに、多くの日本の海外旅行傷害保険会社はサイコロジストに医師からのレファーラルを要求しています。ある日本の保険会社は、医師からのリファーラルがないというので、サイコロジストの診療に対する治療費を拒否して、患者さんに大変迷惑をかけたことがありました。またある保険会社では、リファーラルがあろうがなかろうが、精神科医以外の治療費の支払いを途中から拒否し始めたことがありました。すなわち、精神障害の薬物治療以外の治療は認めないと言うわけです。保険会社は自らこのような治療選択をする立場には決してありません。また、理解のある日本の保険会社もあります。アメリカ国内の保険会社と同じく、サイコロジストの治療をリファーラルなしで認める会社もあります。
 このような問題は、サイコロジストとしてだけの問題ではありません。それよりもっと肝心なことは、皆さんがもしものことを思って得た保険が、保険会社の違法行為によって、必要なときに使えなくなってしまったり、使うのが困難になってしまうという事実です。カリフォルニアの法律(California Business and Professions Code, Section 510(b)(c))にもありますように、患者さんは、自分の健康を守るために、ある障害に対して適当と思われる治療を選ぶ自由と権利がありますし、サイコロジストとしての私が、このように患者さんと治療者の権利を守るために努力することを、州の方針としています。
 どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。ここでは私なりの観察を幾つかあげてみましょう。まず第一に、精神障害の治療の仕方が日本とアメリカでは違います。日本では、精神障害を精神科医か心療内科医によって、薬物治療をすることが主流になっています。ところがアメリカでは、すでに述べましたように、サイコロジストが一般的に精神科医と肩を並べて治療にあたりますし、サイコセラピーだけの精神障害の治療も多数起こりますから、薬物治療は、決して決まったやり方ではないと言うことです。この国の差を理解しない保険会社が、精神障害のカウンセリングが補足的に行われるかのように、サイコロジストに対して医師のリファーラルを要求するということになるのかもしれません。
 次に、アメリカで医療を扱う日本の保険会社が、アメリカの医療体制をよく理解していないのかもしれません。アメリカの精神科医、サイコロジスト、結婚家族カウンセラー、とソーシャルワーカーの区別は、一般的にもよく知られてなさそうですし、日本の保険会社の人達もよく解らないようです。精神科医は医師で精神障害の薬物治療を主にします。サイコセラピーのトレーニングはほとんど受けておりません。サイコロジストはサイコセラピーを用いて精神障害を治療します。精神薬理学の知識はありますが、薬で治療はしません。結婚家族カウンセラーとソーシャルワーカーは、サイコセラピーをしますが、それは、精神障害の治療をするとは法律に記されていません。これらの意味をよく理解しないまま、サイコロジストと結婚家族カウンセラーとソーシャルワーカーをひっくるめて、サイコセラピストとよび、精神科医と別扱いしているようです。実際には、精神科医もサイコセラピストの分類に入っているわけなのです。
 「郷に入っては郷に従え。」 サイコロジストが精神障害の治療をしますと、その国の法律に従わずにはいられません。私がサイコロジストとして患者さんの診療をするときには、カリフォルニアの法律に従わなければなりません。アメリカ人をアメリカの法律に基づいて診療し、日本人を日本の法律に基づいて診療することはできないのです。海外旅行傷害保険を持った日本人の旅行者が、不運にもアメリカで精神障害に病んだときには、アメリカの法律に基づき、ここで習慣として行われる診療の仕方をしていくのが当たり前で、それをアメリカで活躍する日本の保険会社の人達が理解してくれたら幸いです。
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