納豆男の行くえ
 この題から判るように、この人は納豆が好きだった。毎日食べても飽きずに
食べていた。彼の奥さんが美味しい鳥料理を作ってくれても、納豆がなければ
いられなかった。毎回食事をするときに必ず納豆を食べたのである。それは、
彼とのセラピーが終わろうとしている時に、起こり始めた。
N.A.:「先生、ちょっと変なことを聞きたいんですけれど、いいですか。」
私:「いいよ。」
N.A.:「実は、納豆を毎日食べているんですよ。」
私:「それで?」
N.A.:「先日、友達が余っている納豆を幾つか持ってきたんです。俺は納豆が
嫌いで食べたことがないんです。東京育ちで納豆を食べないなんて、変でしょ
う。でも、もったいないからちょっと食べてみたんです。そうしたら、結構美
味しいと思えて、続けて食べだしちゃったんです。色々入れて食べてみて、病
み付きになっちゃったんです。今では、自分で買いに行って、毎食食べている
んです。ある夕飯、テーブルを見たら、納豆がなかったので、わざわざ買いに
行ったんです。変でしょう。」
私:「へぇー、面白いこと起こってるねぇ。」
N.A.:「先生、これって平気ですか。」
私:「んー、別に納豆を食べてて、害にはならないと思うけれど、、、それだ
けでなくて他にも何か食べているんだろ。」
N.A.:「ええ、まあ、他のものも食べますけれど、、、前に一回、とろろ芋を
一ヶ月半くらい食べ続けたことがあるんです。とろろ芋も嫌いだったんですが、
レストランでそれと知らずに食べたら美味しく思えて、それから続けて食べま
くりました。俺って、何か変なんじゃないかと思って。」
 N.A.は、彼のグループカウンセラーから進められて、個人セラピーにやって
きた。このグループカウンセリングと言うのが、家庭内暴力で逮捕された結果、
3年間の執行猶予の条件として、付けられたものであった。グループカウンセ
リングは52セション行わなければならなく、その他に15日間の社会奉仕も
条件として付けられていた。カリファルニアではここ数年、家庭内暴力に対す
る法的処置が厳しくなり、多くの場合、社会奉仕とカウンセリングは強制させ
られている。アメリカ人もそうであるが、日本人夫婦の間でも、喧嘩の最中に
相手を叩いたりすることがある。ひどいけが等をして、病院に運び込まれたと
きは別として、少々の暴力は夫婦間の問題として片付けられ、さほど気にはと
めていないかもしれない。でも、カリファルニアでは現在、少しの暴力が起こ
っても、相手が警察に報告したりすると、家庭内暴力として扱われ、法的処置
が直ぐに行われる状態になっている。カリファルニアに住んでいる日本人男性
で、この社会の違いを知らないがために、女性との喧嘩で、逮捕される人が少
なくない。
N.A.:「まぁ、これが馬鹿げたことで、うちのワイフと小東京に行く途中、何
か、くだらないことで喧嘩になったんですよ。最近彼女がすごくヒステリック
なんです。ぎゃーぎゃー車の中で騒ぐから、「うるさい!」って、ほんのちょ
っと押したんですよ。そうしたら車の中から飛び出しちゃって、、、たまたま
お巡りさんがそれを見ていて、車を止められちゃって。」
私:「あそこの所ロサンゼルス警察があるところでしょう。」
N.A.:「そうなんです。たまたま警察署の前だったんです。目撃者もいたし。
もうそこで逮捕されて、連れて行かれました。拘置所に入れられると、彼女が
保釈金を積んで私を出してくれなければならないんですよねぇ。他のアジア人
も何人かそこにいて、私が、「彼女が直ぐ出してくれる」って言ったら、みん
な笑うんです。「殴られた女が出してくれるはずがない」って。」
私:「それでどうだったの。」
N.A.:「出してくれなかったんです。結局2週間ほど入っていました。親にも
連絡してお金を日本から送って貰ったんですけど、結局、誰かがお金を持って
きてくれなければならないでしょう。そうしたら彼女が受け取って、その時い
たボーイフレンドとお金を使っちゃったんです。それで、親も心配してアメリ
カまで来てくれました。やっぱり、こう言うところで、血がつながっているん
だなぁと、思いました。」
 この会話は最初のセションで起こったものである。N.A.は、29歳の留学生
である。勉強のために来米したと言うより、遂にここまでたどり着いた、と言
った方が当てはまる人であった。日本での高校生活は、ロックバンドのギター
リストとして過ごし、成人して、バンドが徐々に崩壊し始めた頃、アジアの旅
に出た。中国から一度日本に戻ったにはしろ、旅行に対する衝動が強く、急に
インドへ行ってしまった。その後は旅行が病み付きになり、インドからアフリ
カへ、そしてそこから、アメリカのニューヨークまで行った。暫くニューヨー
クで働いた後、ラテンアメリカのエルサルバドールへ向かったのである。そこ
で会った女性が、彼の子供を宿し、生活を立てるために、ロサンゼルスはハリ
ウッドへと飛び立ったのである。とりあえず、アメリカ入国理由は留学、ロス
の短大に籍を置き、3人のアメリカ生活が始まった。とは言っても、2人とも
仕事は直ぐ見つからない。金銭的悩みを抱えながら、彼は落ち込むし、彼女は
ヒステリックになっていったのである。
 私は最初、彼の話しを危機感を持って聞くと同時に、話しの豊富さに耳を打
たれ、楽しくも聞く事ができた。彼がどのような理由で世界旅行をし、それが
心理的にどのような意味を持っていたのか、大変興味があった。また、エルサ
バドール人と一緒になり、結婚もせずに子供を作り、あげくのはては拘置所に
まで入ってしまった人の無謀さとは反対に、彼の話し方や態度からは誠実さが
伝わって来るのであった。この多面的な人格の分析、そして、理解にも興味が
わいてきた。でも、N.A.と彼の子供の母となる女性は、いまだに喧嘩を続けて
いたし、再度、警察沙汰になる可能性が高いように感じられた。その危機から、
二人を救う事が、セラピーで最初にする事であると判断したのである。
 私は、N.A.が彼女から遠ざかる事を薦めた。彼も家庭内でのストレスが高か
ったので、別居をする事が必要であると感じていた。ところが、彼女の方はそ
れに反対し、彼は動きをなかなか取れなかったのである。そうこうしているう
ちに彼のKPI(Kobayashi Personality Inventory)の結果が出てきて、それ
を二人で話し合う機会ができた。KPIとは、以前、私が作った性格テストで、
12種類の性格の傾向とうつ病を測る事ができる。日本語判と英語判があるの
で、私の見るほとんどの来談者がテスト受ける事ができる。
私:「この一番高い棒グラフがあるでしょう。これがうつ傾向を表わすんです
よ。」
N.A.:「えー、こんなに高いんですか。」
私:「他の部分と比べると、このグラフが突き出て高いから、やはり、あなた
は落ち込んでいるんでしょうねぇ。」
N.A.:「ああ、そうですか。確かに落ち込んではいますよね。」
私:「それからこの2番目に高いグラフ。これはあなたの道徳的な部分なんで
すよ。これはあなたが、真面目で、人に良く思われたい、そして、自分をたま
には殺してまでも、人に尽くしたりすることを言っているんです。あなたの今
までの過去から見てみると、ちょっと以外に見えるかもしれない。普通このタ
イプは、社会のルールによく従ったり、平均的なことに気を配るので、世界中
を遊び歩いたり、拘置所に入ったりする経験は少ないんですよ。」
N.A.:「真面目な部分があるっていうのは、判るような気がしますけど。俺っ
て変ですか。」
私:「別にそう言うわけではないけれど。でもね、この部分を見てくれる。こ
れも随分高いのだけれど、この意味は、反社会性と言う事なんだ。反社会性と
は反抗心だとか、親に対する怒りだとかで、ルールを破ったり、他の人と同じ
にするのがいやであったり、他人を尊敬したり責任をとるのが難しかったりす
るんだ。まぁ、こっちの方が、あなたの過去ともっと当てはまるかな。」ちょ
っと冗談をめかして言って見た。
N.A.:「へぇ。でも、先生、それじゃー私が2重人格みたいじゃないですか。」
私:「別に、2重人格と言うわけじゃなくて、そういう相反する部分を持って
いると言うだけ。変というわけでも、珍しいと言うわけでもない。」
N.A.:「先生、いったいどうすればいいんですか。俺、治るんですか。」
私:「まぁ、そのうちに、道徳心の方も、反社会性の方もここで私との関係の
中に出てくるさ。その時には、あたなに教えてあげるから、二人で見つめて、
治す機会ができると思うよ。」
N.A.:「出るって、先生に対して、反社会性が起こるんですか。恐いなぁ。」
 私は恐くはないにしても、気がかりではあった。これまでの経験で、反社会
性の人は、セラピーに真剣に取り組めず、早く止めてしまう人が多かったから
である。このタイプの人は、自分で責任を取らず、他人を責めやすく、問題を
自分のものとして取るのが難しいのである。その上、生活が規則正しくないの
で、周一回、何時に会う、と言うセラピーの枠には、入り辛いと言った事もあ
る。
 とりあえず、N.A.がセラピーに現れている間は、彼女との喧嘩を避ける、と
言うことを強調した。そのうちに、彼女が仕事を探し出し、働き始めた。それ
で、二人でいる時間が減ったせいもあるのか、喧嘩の数は減り、危険である家
庭状態は、一時的になくなったのでる。だが、セラピーが始まってから、一ヶ
月半位のところで、急に、彼が来なくなってしまった。彼が残した最後の電話
メッセージは、電話料金未納のために、彼の電話は切られてしまった、と言っ
ていた。こちらからは連絡が出来ず、彼の連絡を待つ以外は、仕方がなかった。
 最後に来たセションでは、彼がハイポマニックと言う、軽いそう病にかかっ
ているのが伺われていた。ハイポマニックとは、気分が揚々として、大変元気
になり、物事を楽天的に見て、自分の問題が見えなくなってしまう状態である。
ちょうど、うつ病の逆で、それが問題重視し過ぎで気が落ち込み、元気がなく
なって、物事が普通以上に悪く見える状態であるのに対し、ハイポマニックは
自信過剰に入り込む。人のことは気にしず、自分の責任も忘れて、規則違反が
多くなる。勿論、セラピーも止めてしまうし、その必要性も見えなくなってし
まうのである。私はN.A.がその様な状態になってしまったかもしれないと思い、
これがKPIから読めた彼の反社会性の部分の現れであると考えた。残念なが
ら、これでセラピーが終わってしまったと思った。
N.A.:「先生、また、アポイントメント取りたいんですけれど、いつがいいで
すか。」
この様なメッセージが電話に入っていたのは、もう彼のことを忘れかけていた
2ヶ月後のことでった。
そしてセラピーが再開した。
私:「暫く連絡がなかったけれど、どうしていたの。」
私は彼がセラピーに戻ってきたので、嬉しかったと同時に、反社会性を持つ人
格にしてはよく戻ってきたと半分感心もしていた。
N.A.:「まぁ、そんなにどうこうなかったんですけれど、やっぱり落ち込みを
治さなければならないと思って。」
私:(どうやら、彼の真面目な部分が働き始めて、セラピーに戻ったような気
がする。)「前、私が言ったでしょう。あなたの反社会性の部分が、私との人
間関係に出るって。」
N.A.:「そうですね。俺が暫くここに来なかったのが、その部分の事かな。や
っぱり無責任ですよね。何も言わずに、、、」
私:「この様にして、二人で言い合うことによって、認識が出てきて、少しず
つ減ると思うけれど、まだこれからも出るだろうね。これがまだ最初の反社会
的行為だから。」
N.A.:「先生、俺のうつ病は前よりよくなっていますけれど、後はどうしたら
いいんですか。」
私:(今度はもっと本気に、自分の問題に取り組めるかな。)「んー、それじ
ゃー、あなたのお母さんの話でもしたら。」
N.A.:「やっぱり、うちの母と関係があるんですかね、、、。うちの母は俺が
小さい時女優だったんです。そんなに有名な人ではなかったので、知られては
いませんが、そっちの方に、夢中だったですね。」
私:「小さい時に、お母さんはあなたに何をしてくれたか、覚えている?」
N.A.:「そう言う記憶って、あまりないんですよ。余り世話をしてくれなかっ
た気がする。」
私:「本当に、何も思い出せない?それだけでも、子供としては落ち込む原因
になるよ。必要な時に、面倒を見てくれたと言う記憶がないんだから。」
N.A.:「俺って、ずーっと、落ち込んでいたような気がするなぁ。子供の時か
ら。」
私:「そう。と言うことは、あなたは子供の時から、落ち込んでいたと同時に、
母が余り注意を払ってくれなかったので、怒っていたかもしれない可能性があ
る。十分な世話の欠陥と、それに対するあなたの怒りの反応が、反社会性の人
格要素を作ったのかもしれない。ティーンエイジャーになって、親から離れて
自分のアイデンティティーを獲得しようとしている時、反社会性が出て、勉強
よりも、音楽バンドに夢中になってしまった。まぁ、たいしたルール違反では
ないと思うけれど、平均的にしているのが、いやだったのではないかなぁ。」
N.A.:「そうでしたね。何しろ格好を付けようとして、いろいろしてましたよ。」
私:「でも、その次が面白いじゃない。そろそろ成人になりかけた頃、急に世
界に飛び出してしまうなんて。まぁ、反社会性はそこで出たにしろ、面倒を見
てくれない親から離れて、親代わりの人を探しに出たのではないかな。」
N.A.:「え、そうなんでしょうかね。」
私:「勿論、第二の母を捜すだけに、世界歩きをしたとは思えないけれど、そ
の要素も、入っていたのでは。それで、ついに、エルサルバドールで、彼女を
見つけた。」
N.A.:「先生、確かに彼女と母がダブっているところはあるんですよ。これま
で、母とはいつもしっくり行かなくて、会う度に喧嘩をしていたんです。何か
母を許せないところがあって。でも、俺が、拘置所に入っていた時、わざわざ
日本から来て、出してくれたでしょう。その時から、何か全部ではないんです
けれど母を許せるところがあって。その代わりに、俺のワイフに怒りがあって、
どうしても彼女を許せないんです。これって、母に対する怒りが移ったんでし
ょうか。」
私:「おお、それは言い分析だね。今までお母さんと仲がよくなかったんだ。
と言うことは、お母さんに対して怒りがあって、それが解決しないまま世界旅
行に出て、今の彼女とつきあい始めたことになる。人は過去の人間関係で問題
があり、それを解決していないと、現在の人間関係に、持ち込むという事があ
る。それはある意味では悪いことだけれど、逆に、残っている問題を現在の関
係を通して、片付けたいという意味でもある。あなたがお母さんに対する怒り
を、今の彼女に当てると言うことは、昔の母との関係を今再現し、もう一度や
り直して、今度は上手い結論を出そうと言う試みであるかもしれないのだ。」
N.A.:「やっぱり俺が悪かったのかなぁ。彼女にむきになって怒ることがある
ものなぁ。俺は、母に対して怒っていたのでしょうか。」
私:「まぁ、そう言うことになるかもしれない。でも、最初どうしてお母さん
に対して怒るようになったのか覚えているかな。」
N.A.:「母が、俺の面倒をよく見てくれなかったという事?」
私:「そう。すなわち、今の彼女を好きになった理由に、そして、彼女と一緒
になった理由には、お母さんからもらえなかった愛情を彼女から貰いたかった、
と言う希望があったのではないか。あなたが彼女と会ってだんだん好きになり
つつある時、彼女のことをどう考えていた?」
N.A.:「真面目な優しい、いい人だと思いました。」
私:「彼女に期待を託していたんだろうね。でも、あいにく、彼女からも欲し
い愛情をもらえなくて、怒ってしまい、お母さんと同じように、喧嘩になって
しまった。いったいどうしてそうなってしまうか解るかい。」
N.A.:「さあ、ちょっと解りません。」
私:「女性に対して、劣等感があるように思えるんだけれど、どう?」
N.A.:「例えば、女の人の前で、話せなくなってしまうとか?」
私:「もう少し言ってくれる?」
N.A.:「特に白人とですけれど、話そうとしても何も言えなくなっちゃうんで
すよ。頭が空になっちゃったり、何を言ったら適当なのか分からなくなってし
まう。」
私:「そう。それだね。何か言って、馬鹿にされたらイヤだという気持ちから、
何も言えなくなってしまう。それは劣等感から来るものだよ。」
N.A.:「なるほどねぇ。そしてそれが私のワイフとどう関係があるんですか。」
私:「あなたは、自分で抱えている劣等感のために、自分を嫌いになる時があ
る。そして、女性との関係で、その自己嫌悪が起こる可能性があると、その人
を避けてしまう。でも、今の彼女とは、自己嫌悪が起こらなかった。だから一
緒になることが出来た。これはどうしてかというと、自分の劣等感を彼女の中
に見たからだ。さっき、彼女をお母さんのように見たと言ったけれど、彼女を
自分のように見たとも言っているのだ。彼女の中に自分の劣等感を見て、彼女
を、いかにも自分を救うかのように、エルサルバドールから救い出したのだ。
でも、彼女を救ったからと言っても、自分の劣等感は消えない。アメリカに来
てから、自己嫌悪が起こる度に、彼女の中に劣等感を見てしまい、彼女を見下
してしまうようになったのではないか。つまり自分の劣等を彼女に投射して、
彼女が劣等のように見えてしまう。彼女から期待していた愛情を貰う代わりに、
彼女を見下してしまう。見下した彼女の愛情は、あなたにとって余り意味がな
い。むしろ愛情など見えなくなってしまう。そしてアメリカ生活のフラストを
彼女に当てて、あなたは怒ってしまうのだ。これはちょうど、あなたのお母さ
んが子供であるあなたの劣等を見て、怒っているとして見てもよいし、またあ
なたが、面倒をよく見てくれない、保護し、愛してくれないお母さんー妻に対
して怒っていると見てもよい。」
N.A.:「何か非常に複雑な気がします。でも、言っていることは分かります。
俺が、どのようにして母との喧嘩を、今の彼女と繰り返してしまうかって事で
しょう。不思議ですねぇ。」
 N.A.は、真剣に治療に取り組んだ。反社会的な行為は、N.A.が戻ってきて以
来、起こらなかった。セラピーを続ける間に、彼はますます現実味を増やし、
将来に向かって歩み始めた。それが彼のうつ状態から脱出する方法であること
が分かったからである。
 そうこうしているうちに、セラピーが終わりに近づいた。彼とは最初から金
銭的な理由で、20セションのセラピーをする事を約束していたのである。だ
から、彼の問題が、全て解決しようがしまいが、20セションを終えたところ
で、セラピーを終了すると言うことを、決めてあったのである。このセラピー
の長さは、彼の人格的問題、すなわち、反社会性の部分や、母に対する怒りを、
根本的なところから解決するには、短すぎた。でも、彼の現在の落ち込みや、
結婚問題に対処するための技術、また、劣等感から来る対人関係問題に対処す
るための技術と自信、そして、将来の方向性などの助けとなるには、十分な時
間であった。彼のうつ病は、遠く母との関係に、一部原因があるものの、現在
において生活の難しさや、結婚問題などが原因となっているところがある。彼
には、セラピーが始まって間もなくしたところで、セラピーに対する現実的な
期待を説明し、理解をして貰っていた。セラピーに来る人が、皆、問題が解決
するまで、セラピーを続けられれば、それに越したことはないが、現実は人そ
れぞれ限度がある。長くじっくりセラピーを出来る人もいるし、短時間で、出
来るだけして終わる人もいるわけである。
 最後の2、3セション、彼は私に色々な質問をし、アドバイスを貰おうとし
た。セラピーが終わってから、自分でやっていくための用意をしていたのであ
る。私もできるだけ助けになろうと、色々な話しをした。そして最後のセショ
ンで、彼が急に言い始めた。
N.A.:「先生、ちょっと変なことを聞きたいんですけれど、いいですか。」
私:「いいよ。」
N.A.:「実は、納豆を毎日食べているんですよ。」
 セラピー中に解った事だが、彼の母は彼が小さい時に、納豆を食べさせたそ
うである。そして、彼は納豆を意地でも拒否していたのである。親に対して怒
りがある時、親の与える食べ物を拒否することは、珍しくない。子供の中には、
一度食べた物を吐いてしまって、栄養を採れなくなってしまう子もいる。小さ
い子にとっては、母イコール食べ物なのだ。母に対して怒りがあり、母を拒絶
する子は、その母が与える食物を拒絶する。N.A.も母に怒りがあり、そのため
に納豆を退け、自分の怒りを表現していたのであろう。そのうちに納豆自体嫌
いになって、食べなくなってしまったのである。セラピーをして、母に対する
怒りが次第に解けてきたことによって、彼は納豆を急に食べ始めた。母の愛情
を取り戻すかのように、毎日毎日食べ続けたのである。今までに食べ過ごした
納豆、すなわち母と彼女の愛情を埋め合わせするかのようにである。
 セラピーが終わってから数週間後、私は気になって彼に電話をした。その時
彼はまだ納豆を食べて続けていたが、量は減って、毎日は食べていない、と言
っていた。そして彼は、最後のセションを終えて、帰途上、「昔、学校の先生
が何かの罰で彼を放課後教室に引き留めた」、と言うことを思い出したそうで
ある。私はこれを、「彼はもう少し長くセラピーに留まりたかった。」と彼に
訳してやった。そして、納豆の意味は、「もう少しセラピーに粘りたいと毎日
願っていたのだ。」と言い、二人で大笑いをしたのである。
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