のりうつられた上司

    ある女性が理想の男性をみつけたとして、夢中になっていました。その男性は彼女の父のようなやさしい人だと言うことでした。彼女はその人に対して、頼り、甘え、ねだり、そして、ほとんどくっ付いたままで、大変幸せと思っていました。この人と結婚できたら彼女の一生の願いがかなうと思っていたのです。

    でも、彼女の夢はやはり夢だったのです。しばらくして彼女は、その男性が彼女よりもっと年上の大金もちの女性と付き合っていることを発見しました。彼女は怒って、泣いて、落ち込みました。セラピーをして、彼との別れを受け入れなければならないことを、承知しながら、この男性との夢を諦めることができませんでいした。口では、もう別れると言いながら、彼のところへ電話をし続けたり、彼のところへ出向いて行ったりして、ある意味ではストーカーのように彼を追いかけ回しました。

    一方、彼女の職場には、男性の上司がいたのですが、この上司が彼女を好きになってしまったのです。彼女にしては自分の恋人に夢中ですから、上司には興味が湧きません。でも、上司と言うことで、たまにはデートに応じたり、家に来させたりしていました。上司の目的は一つ、「いかにして彼女の気持ちを自分の方に向けさせるか」。彼女にプレゼントをあげたり、美味しいごはんをごちそうしたり、いたりつくせりでした。

    彼女は、まだ諦められない恋人がいるにもかかわらず、上司の絶えることない誘いを重荷に感じてきました。彼にそれを伝え、仕事上以外の付き合いはしないと言うのですが、上司は彼女を諦めません。いろいろな物をプレゼントするので、彼女もたまには上司の念願を許してしまったりしました。そうすると、彼は彼女に対して甘え、ねだり、頼って、子どものようになるのでした。そして上司の要求がますます強くなります。彼女は見かねて、それ以上会わないことを告げます。それに対して彼は、怒って、泣いて、落ち込み、決して諦めようとはしません。

    いつのまにか、彼女の恋人に対しての態度や行動と、上司の彼女に対する態度や行動が似てきました。ちょうど、彼女の恋人に対する性格が、彼女の上司にのりうつったかのようにも見えます。いったいこれはどういうことなのでしょう。

    心理作用の中に投影と言って、自分のある面を誰かに見出すことがあります。例えば、自分が恥じを感じているとしましょう。その恥じを受け入れるのは自分にとって大変である時があります。この場合、自分には恥じを感じないで、誰か他の人が恥じを感じているようにみえるのです。他の人の中に恥じを見ることによって、自分の恥じは見えず、自分を恥じから守ります。投影は自己防衛の一つなのです。

    この例に次の事柄を続けて見ましょう。ある人は、相手の人に恥じを見るだけでなく、その人を実際に恥じある人間として扱い、恥じをかかせるがごとく振る舞うこともあります。そうされた相手の人は、実際に恥じをかいているかのように感じるのです。そうすることによって、自分は恥じを逃れ、清々します。自分の恥じを相手の人にあげてしまったかのようです。恥じを自分からぬぐいとろうとする無意識の力が強いのは言うまでもありません。この心理現象を投影的同一視(projective identification)と言います。

    さて、実例に戻りますが、彼女は自分の中毒的依存心を上司に投影的同一視して、のりうつさせてしまったのです。恋人から拒絶され、それでも諦められない自分は、たいへん辛かったのでしょう。それを自分の中に留めておくことは非常に苦だったわけです。それを上司に注入してしまいました。された方の上司は、何かわけは解りませんが、彼女に対して中毒的依存心を感じ始め、それを実行してしまったのです。彼の感じるものは、彼女が恋人に感じるものとそっくり同じです。頼って、甘えて、ねだって、子どものようにです。上司が彼女に言いました、「きみと結婚できたら一生の願いがかなう。」と。

メニューに戻る