10代の反社会性と心の分離

 

 10代の若者の親や社会に対する反抗は、ある程度までは正常な発達の表現であり、問題として捉える必要はありません。この時期は若者が親から離れて、自分のアイデンティティーを築き上げる大切な期間です。親から離れるために、親に対して反抗し、自分の主張をするのです。

でも、若者の中には単なる反抗ではなく社会的にも深刻な行動にいたる者があります。例えば、暴走族に加わって道路交通法違反をし、その上他人にさまざまな迷惑をかけたり、飲酒をしたり、麻薬を乱用したり、家出をしたり、遅くまで外出したり、他人の殺傷や盗難などの犯行に及ぶこともあります。

これらの深刻な行動は、単なる10代の反抗ではなく、心の分離という現象が原因となっているように思えます。心の分離とは、自己のアイデンティティーが未だ統一してまとまっておらず心が二つまたはそれ以上に割れた状態を言います。そうしますとあたかも二人の人間が存在するかのようです。一人は優しく暖かく協力的で、もう一人は攻撃的で怒り見下し反抗的です。これらの二つの心の部分はつながりがなく、別々の存在をしています。一方が出てきますともう一方は出られません。ですからある時には極端にいい子で、そうかと思ったら極端に悪い子になったりします。

この心の分離が元となって、回りの社会を極端によく見たり、または悪く見たりします。親との葛藤が多い若者は、親や社会を極端に悪く見、自分たちをよく見ます。ちょうど親が正道で反抗の若者が悪いとしてみる親達の逆を若者たちは見ているわけです。普通でいう良いものは悪い。普通でいう悪いものはよしとなります。すなわち、無責任がよし、規則違反がよし、社会人を見下すのがよし、他人にかける迷惑がよしとなります。

このようにして、若者は一時的に自分たちのアイデンティティーを保つわけですが、10代も終わりに近づくと、心の分離が次第に統合し良し悪しの分離が混ざり合うようになります。それまで親や社会が悪としてみてきましたが、今度は良い点も見られるようになります。同時に自分たちも悪い点を認めるようになれます。結果として今まで迫害の対象であった社会と協力の立場を取れるようになり、社会人として成長が可能になります。

しかし、若者の中には、心の分離が継続し、割れた心の統合が難しい者もいます。すなわち、社会と対決する立場を取る自己が慢性化して反社会性人格というものが確立していきます。10代の一時的反抗がライフスタイルとなってしまうわけです。

深刻な反抗をする若者の扱いはかなり困難です。良いと思ってしてやることが皆無駄となり、彼らにとっては悪と化してしまうからです。戦えば戦うほど溝が深くなります。それより、対決するという役割を止めて彼らに与えるプレッシャーを取り除くことがよいかもしれません。若者は続けて反抗を繰り返しますが、敵がいなくなると案外それまで親の悪として見えたものが自分の悪として見え始めるかもしれません。

メニューに戻る